金春家旧伝文書デジタルアーカイブ

金春流宗家の金春家は、能楽の家の中でも最も古い歴史を誇る家系であり、世阿弥自筆能本や金春禅竹自筆の伝書を含む、膨大な能楽資料を伝えてきた。その一部は今も金春家に伝わるが、大半の文書は維新後に流出し、現在は奈良県生駒市の宝山寺や法政大学能楽研究所などに分蔵されている。中でも、法政大学能楽研究所が所蔵する金春家旧伝文書(宝山寺より寄贈された般若窟文庫と、金春家より寄贈された文書群等から成る)は、分量において他を圧しており、世阿弥伝書『拾玉得花』の現存唯一の伝本や、金春禅竹自筆『二曲三体人形図』『明宿集』など、質的にもすぐれたものが多い。今回、その金春家旧伝文書のうち、能楽研究所が所蔵する全ての資料を、「謡本・伝書・付・史料・その他」に分類し、画像データベースとして公開することにした。金春家旧伝文書のデジタル化とその公開が、これら貴重な資料の保存継承、及び能楽の発展に寄与することを願う次第である。なお、本デジタルアーカイブは、科学研究費補助金(基盤B)「能楽資料学構築に向けた金春家旧伝般若窟文庫の総合的文書調査」(平成22~25年度。課題番号22320053)(研究代表者・宮本圭造)、及び共同利用・共同研究拠点「能楽の国際・学際的研究拠点」(平成25年度)(研究代表者・山中玲子)による研究成果の一部である。



般若窟文庫

宝山寺(奈良県生駒市)旧蔵の金春家旧伝文書群。幕末維新後の混乱期にも金春家の文書は大半が金春宗家のもとにあったが、明治期、金春大夫広成の三男が出家して隆範と名乗り、宝山寺に入っていた縁で、その大部分が宝山寺に移管されることとなった。この中には、世阿弥自筆能本を含む貴重本が少なからず含まれており、1941年に川瀬一馬により発見・紹介され、学会に衝撃を与えた。川瀬氏の紹介は世阿弥自筆本を中心とする一部の資料にとどまっていたため、金春家旧伝文書の全容は長く明らかでなかったが、1956年に表章により全文書の仮目録が完成し、1966年には、一部の貴重本(世阿弥伝書・禅竹伝書・柳生流兵法伝書など)を除く二千点を超える文書群が一括して能楽研究所に寄託、1981年に寄贈され、多くの研究者が利用するところとなっている。能楽研究所では、これらの文書を宝山寺の別号である般若窟に因んで、般若窟文庫と称して保管している。



能楽研究所蔵金春家旧伝文書

能楽研究所は、般若窟文庫以外にも数十点の金春家旧伝文書を所蔵している。宝山寺に移管されず、近代にいたるまで金春家に伝えられてきた文書が、その後、数次にわたって能楽研究所に寄贈されたもので、1963年、金春信高氏から寄贈された『二曲三体人形図』『拾玉得花』などの世阿弥・禅竹の伝書、法政大学鴻山文庫として能楽研究所が管理する禅竹自筆の『明宿集』、2008年、金春欣三氏から寄贈された『風姿花伝』『聞書色々』などの伝書群がそれであり、禅竹自筆の資料をはじめ、貴重なものが少なくない。